陰陽寮には、事務方である行政官として、
陰陽頭(おんみょうのかみ)
陰陽寮長官。陰陽寮を統括し、天文・暦数・風雲・気色をのすべてを監督して、異常発生時には外部に漏れることなくこれを記録密封し極秘に上奏(天文密奏)、暦博士が作成した新年の暦を毎年11月1日までに調進(御暦奏)、また都度占筮及び地相の結果を上奏する職務。定員1名。官位は従五位下。
陰陽助(おんみょうのすけ)
次官。陰陽頭の補佐業務を行った。定員1名。従六位上。
陰陽允(おんみょうのじょう)
判官(ほうがん)。寮内を糾見し書類の審査など事務全般の管理を行った。定員1名。従七位上。
陰陽大属(おんみょうのたいぞく)
上級主典(さかん)。公文書の記載・読上げなどの記録実務を行った。定員1名。従八位下。
陰陽少属(おんみょうのしょうぞく)
下級主典。陰陽大属を補佐して記録実務を行った。定員1名。大初位上。
技官である方技として、
マリゴール ユーロシ 法則 プロキオ パティ フェンリル ロボコン プラン とうみ ドロン デザイナー ひかわ ウンギョー クロスバー デリシ 宿儺南瓜 フロアマ バナバ ぶどう ハツユ ァサード パイ セミダブル ミコロン スキャンダル ピザク トライアル ギンリ ビコル カデット ブレーン エイド ヒート フロアス エーエスピ シュリン くわい サイト冬瓜 紀州 レーシ うたしない ベジス ブック ノベル ジャル ワイフ ニュー フリ モラテオ はっとう
天文博士(てんもんのはくじ)
天文道の主担当者。天文の気色を観測して異変があれば部外に漏れぬようこれを密封するとともに、修習生である天文生10名を指導する教官。定員1名。正七位下、陰陽諸道の中では天文道が最も難しいとされていたため、他の博士よりも位が高く設定されている。
陰陽博士(おんみょうのはくじ)
陰陽道の主担当者。陰陽生10名を指導する教官。定員1名。正七位下、天文博士と同様に高い位に設定されている。
陰陽師(おんみょうじ)
占筮(吉凶を占うこと)・地相(方位を観ること)の専門職。定員6名。従七位上。
暦博士(れきのはくじ)
暦道の主担当者。暦の作成・編纂・管理を担当し、暦生10名を指導する教官。定員1名。従七位上。
漏刻博士(ろうこくのはくじ)
時間管理の主担当者。漏刻(水時計)の設計・管理を指導し、実際に守辰丁を率いて漏刻を稼動させ、その目盛りを読み時刻を管理する職務。2交代制のため定員は2名。従七位下。
陰陽道修習生として、
天文生(てんもんのしょう)
定員10名。
陰陽生(おんみょうのしょう)
定員10名。
暦生(れきのしょう)
定員10名。
これらは官人の子弟にとどまらず、民間人からの登用も可能であった。
他に庶務職として、
守辰丁(しゅしんちょう)
漏刻博士の管理の下で漏刻を測り、毎時ごとに鳴り物(太鼓、鐘鼓)を打ち鳴らして時報を知らせる実務担当者。定員20名。
使部(じぶ)
各省共通に配置された庶務職。定員20名。
直丁(じきちょう)
各省共通に配置された労務職。定員2名。
が配置されていた。
陰陽寮に配置されていた方技のうち、占筮・地相の専門職であった陰陽師を「狭義の陰陽師」、天文博士・陰陽博士・陰陽師・暦博士・漏刻博士を含めた全ての方技を「広義の陰陽師」と定義付けることができる。また、これ以降、この広義の陰陽師集団のことを指して「陰陽道」と呼ばれることもあった。
律令においては、陰陽寮の修習生に登用された者以外の一切の部外者(神官・僧侶はもちろん一般官僚から民間人に至るまでの全て)が、天文・陰陽・暦・時間計測を学び災異瑞祥を説くことを厳しく禁止しており、天文観測や時刻測定にかかわる装置ないし陰陽諸道に関する文献について、陰陽寮の外部への持ち出しを一切禁じ、私人がこれらを単に所有することさえ禁じられていた。このため、律令制が比較的厳しく運営されていた9世紀初頭の平安時代初期まで、陰陽道は陰陽寮が独占する国家機密として管理された。
その後、時代の趨勢に合わせるために律令の細部を改める施行令である「格(きゃく)」・「式(しき)」がしばしば発令されるようになり、各省ともに官職の定員が肥大化する傾向を見せると、陰陽寮においても平安時代中期までに、かなりの定員増がはかられるようになった。
内部事務一般を管理する判官である陰陽允は、正式に陰陽大允(おんみょうのだいじょう)・陰陽少允(おんみょうのしょうじょう)のダブル配置となった。定員はそれぞれ1名で、官位は双方同格の従七位上に設定されたが、陰陽小允は陰陽大允を補佐する立場をとった。
本来は員外配置である「権職(ごんのしょく)」(律令本来の定めにはない運用法で、当初の実態は該当職務を行わないにもかかわらず該当職と同等の待遇とする暫定名誉職位で、正式な○○職任命者以外に任命された『権(ごんの)○○』と呼称する○○職待遇のことであったが、後に常設化されると正職官と同等かそれに近い権限を持つようになった)が、常態化された。
次官職である「助」の員外配置である陰陽権助(おんみょうのごんのすけ)が、正職位の陰陽助と同様従六位を与えられる常設職となって陰陽頭の補佐を行うようになり、実態として陰陽助はダブル配置となった。
方技(技官)においても、各博士に「権職(ごんのしょく)」を置き、天文権博士(てんもんごんのはくじ)・陰陽権博士(おんみょうごんのはくじ)・暦権博士(れきごんのはくじ)・漏刻権博士(ろうこくごんのはくじ)が常設化された。しかし、官位はすべて各正博士よりも一段階低く設定され、その実務は正博士を補佐する立場をとった。
大学寮の修業生(しゅうぎょうのしょう)(学を修め大学寮に残って博士を目指す者、現代における大学院修士課程ないし博士課程に相当)の運用にならって、天文得業生(てんもんとくぎょうのしょう)(定員2名)、陰陽得業生(おんみょうとくぎょうのしょう)(定員3名)、暦得業生(れきとくぎょうのしょう)(定員2名)が、各博士職や陰陽師職の公認候補として設置された。
庶務職においても、陰陽史生(おんみょうのししょう)(定員不明)が設置され、文書の複写や寮内で稟議書を届けて回る伝令として用いられた。本来律令で定められた使部(じぶ)の一部が転用されたとする説や、新規に職制として設置されたとする説があるが、現存する記録が不充分でその実態は明らかにされていない。